【翻訳】John Curry - Maestro Documentary Part 3,4

http://www.youtube.com/watch?v=y9Wg27Vuq_4

ナレーター:
広大な競技場を見下ろせば、ユーロのスケートチャンプであり、英国の素晴らしきメダル候補、ジョン・カリーがユニオン・ジャックを掲げている。オリンピックの旗手を務めることは、カリーにとって真の名誉だった。彼がセレモニーを務めた時間は、周到な準備と強い決意で勝ち取った、金メダルの授賞式を上回った。

John Curry:
五輪の年は、調整に没頭した。常にアスリートのように生き、アスリートのように振る舞い、アスリートのようにトレーニングした。自分を活力に満ち溢れた状態に置き、勝利へ向けてギアを入れ続けた。気づくと常にそのような状態だった。それが実現したとき感じたのは、ただただ終わったことへの安堵感だった。そう、やり遂げたんだ。ふいに僕は話しかけられる立場の人間となり、波のような、ありとあらゆるサポートを認識した。イギリスからの、本物のサポートだ。それは酷く素敵だった。僕は人々の応援を身近に感じたことがなかったから。

ナレーター:
男子シングル最初の種目、コンパルソリー・フィギュアにおけるジョン・カリーのチャレンジは上々だった。氷上のパターンをスケートのマニュアルに則って滑る種目。配点は全競技の30%を占める。コンパルソリー・フィギュアは良きスケーターの基盤である。すべての動作がフィギュアを意味する。右足で3回、左足で3回、トータルで6回滑る。カリーはこの種目で2位につけ、堂々とショートに望んだ。ショートの曲は彼のお気に入り、ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲。

<1976年五輪 ショートプログラムの映像>

ナレーター:
クリスティ・ファッシとカルロ・ファッシは、カリーが証言するところの最も政治力に長けたコーチだった。カリーが最高峰であることを、ジェノヴァのユーロで西ヨーロッパのジャッジ達に印象付けた後は、綿密な準備の成果、そして卓越したスケーティングを披露するだけだった。

John Curry:
僕は態度を変えたよ。選曲もできる限り名曲と言われるものを選んだ。プログラムの難易度が、誰の目にも分かるように構成した。

実況:
コンパルソリーとショートが終わって一位につけたジョン・カリー、英国のチャンピオンです。

<1976年五輪 フリーの映像>

John Curry:
実際、ここ3、4年のプログラムの中では、技術的難度が特別高いわけじゃない。ある意味、最もシンプル。ジャッジには分かりやすくできている。他人のミスで勝つわけではないが、一般的に言ってミスが少ない方が、チャンスは高まる。僕はまったくもって明白なことをやろうとした。これは僕の芸術的な信条を売り込むプログラムではない。だが音楽的であり、一つの作品として、とても上手く構成されている。

このプログラムは僕が作った。この(中間)部分がクリエーティブで一番好きだ。音楽によく合うステップにしたんだ。僕は音楽を聞くと、心の目でスケートの動きを描かずにはいられない。それぞれのステップ、スケーティングには、音楽と自然に調和する拍とリズムがある。音楽を理解し、音楽の要求に答えるステップを当てはめることができれば、素晴らしい時間を作りだせる。競技プログラムはある程度必須要素が決まっているので、何もないところから作るよりは簡単だ。勝利のチャンスがほしければ、スピンやその他エレメンツを入れることが必須になる。

実況:
最後のダブルアクセル。ジョン・カリーはただの一度もミスをしませんでした。卓越した芸術性、身体能力。観客の素晴らしい反応を一身に受けています。

<表彰式>
実況:
全イギリス国民が夢見ていた瞬間です。
イギリスに真の喜びがもたらされたこの夜は、ジョン・カリーにとって素晴らしいひと時でした。

Interviewer:
君は演技のスタイルがやや女性的であることに対する人々の批判を常に享受してきた。チャンピオンとなった今、それがプライベートな生活範囲にまで浸食しているように思うけど、どうだろう?

John Curry:
ええ。その通り。ええっと(苦笑)…オリンピックでは素晴らしいチームリーダーであり、人柄も良いアリエ・ナンソンという仲間に恵まれた。彼女は僕だけじゃなく、仲間の些細な問題やら、何から何までよく気がつく人だった。また、僕らを保護してくれることに関しては模範的だった。だから当時の僕は、ジャーナリストに「これはオフレコで」と言っておけば何も書かれないだろうと思い、彼らがこんなことを書くと言ったら、それ以外のこと、例えばセックスであれ何であれ、内容と関係のないことは一切書かないだろうと信じていた…実際にそれは書かれていたのだから、もちろん、そんなことはなかったのだけど。というわけで、僕が心から満足し「正しくやり遂げたんだ」と感じた、たった一回きりの瞬間に…(沈黙。首を振る)

Interviewer:
…もう十分だよ。

<映像は新聞記事の見出し>
『イギリスの金メダリスト、非常に私的な生活を語る』『僕が一番不安だったのは、どこかの馬鹿にジョン・カリーはゲイのように滑ると言われることだった。』

John Curry:
たくさんの人に、あたかも僕がオリンピックでカミングアウトしたかのように言われた。でも僕はしなかったんだ。僕が意図的にそのような声明を出したことは一度もない。ただこの男、Jonh Vinocurの記事には、僕がそのような望みをもっていたかのように書かれている。こうなったからには、僕はあえて「おい、それは嘘だよ」とか「それは間違っていると思う」「僕は恥ずかしく思う」なんて皆に振れ回ったりはしないよ。だってそうじゃないから。僕はただ、記者に舵をとられるままだった。当時の僕は、彼らが目的のためには、できることをやるんだってことを知らなかった。

08:01 am, by lyrico 1
Notes
  1. olleholleh reblogged this from lyrico
  2. lyrico posted this